今年も多くの有名人が亡くなったが、中島らもの死は本当に突然であった。関西ローカルで「最後の晩餐」という深夜番組があって笑福亭釣瓶やキダ・タロー、浜村純に混じって中島らももそのレギュラーだったのだが、この中から誰が一番早く死ぬかと言えば還暦を過ぎた浜村先生、キダさんよりもらもだと俺は思っていた。それぐらい、顔色が悪くて死にそうに見えたのだ。死ぬとしても、すさまじい闘病生活(もちろん肝臓ガンで)か自殺かシャブによる中毒死などの派手な死に方だろうと勝手に思っていたのだが。しかし、死は案外にあっけないものである。ちなみに番組の中で自分の臨終を語る、という企画があってらもは病院で「またババもれた」を遺言にして朽ち果てるつもりだった。

 今日、紹介するのは中島らも原作の映画化作品である「お父さんのバックドロップ」。この作品ははらもが1989年に学研で子供向けに書いた短編で今まで何回か映画化が試みられてきた作品です。らも原作の映画化は「Lie Lie Lie 」に続いてこれが二作目。監督はテレビの人で「投稿!トクホウ王国」「神出鬼没タケシムケン」などのバラエティや「明日があるさ」などのドラマを手がけた李闘士男(今年は在日の監督が多かったなあ)で脚本はどんな素材でも見事に映像化させる稀有な脚本家、鄭義信。今年、この人は「血と骨」「レディ・ジョーカー」もあったし、大忙しだっただろう。

 時は1980年の大阪。コリアンタウンの小さなアパートに新世界プロレスの看板レスラー下田牛之助(宇梶剛)が息子の一雄(神木隆之介)が祖父の松之助(南方英二)を頼って引っ越してきた。大勢のプロレスラーが荷物を運ぶさまを同じアパートに住む哲夫(田中優貴)はびっくりしながら眺めていた。彼は母親と二人暮し。焼肉屋を切り盛りしていた母の英恵(南果歩)は牛之助の幼馴染。羨望の目で牛之助を眺める哲夫と対照的に一雄はさめた目で父を眺めていた。クラスメイトになった二人だったが一雄は哲夫に父がプロレスラーであることを固く口止めするのだった。

 牛之助は彼の所属する小プロレス団体の「新世界プロレス」の看板レスラーであった。だが、彼も40歳を過ぎた中年レスラー。経営者の菅原(生瀬勝久)に頼まれて、不本意ながら悪役(ヒール)をやっていた。そんな父を一雄は憎んでいた。母親が病気で亡くなるときに父は試合のために立ち会えなかった。一雄は母親が恋しくて毎晩、VHSで録画した家族のビデオを見て涙ぐんでいた。牛之助も息子のことをかまってやりたいのだが、時間的には難しい。髪を金髪に染めた悪役に転向してから一雄はますます父のことを皆に隠すようになった。親子の溝は深まる一方であった。。。

 例によって映画をみてから原作を読んだ。まず驚いたのは原作は50ページに足らない短編であること。よくこれを98分の映画にしたものだ。原作では牛之助は大きなプロレス団体の悪役レスラーでジャイアント馬場をモデルにしたと思われる選手の敵役となっています。映画では引退寸前のレスラーが素人に「プロレスなんて八百長なんだろ」と言われて激怒するシーンがありますが原作はもっとすごい台詞がある。「俺が悪役レスラーをやっているのは、人が嫌がる誰かがやらなくちゃいけない役割をやっているからなんだ。小学校でも花のせわをする当番の子もいれば、便所そうじの子もいるだろう。世の中なんて、みんなそれぞれの役割でなりたつんだ」と説明する牛之助に対して一雄は「お父さんがプロレスに行ったのはほんとうの勝ち負けのある世界にいるのがこわかったんだ。お父さんは逃げたんだ。ぼくはそうやって、花の当番ばかりしているお父さんみたいにはなりたくない」と言い捨てる。私はプロレスファンではないが、中島らもが書きたかったことはわかる。なかなかこんなことを書けやしない。

 映画ではこうしたプロレスへの言及をばっさりと落としてこの台詞も出てこない。映画で最も重心がおかれているのは親子の絆である。ラストの格闘家への挑戦も家庭で居場所がない親父が息子に「分かって欲しいやないか。お父さんはお父さんで頑張ってるって」という思いを届けるための挑戦とされています。泥臭いと言えば泥臭いんだが、シンプルにまとまってよかったと思う。李監督が目指したのはイタリア映画。地味ながら庶民の暮らしを丁寧に描いて笑わせながら泣かせる。関西人は昔からイタリア人に気性が似ていると言われるので大阪の下町を舞台にしたのは成功。

 丁寧に描いていた大阪の下町がいい。ごちゃごちゃしてて、貧乏だけど底抜けに明るいみたいな感じ。李監督は大阪生まれで下町(多分、鶴橋か天王寺あたりだろう)で過ごしてその雰囲気を再現してみたかったらしい。この監督なら「じゃりン子チエ」の映像化ができるかもしれない。細かいところもきっちり描いています。焼肉屋の騒然とした感じもよい。

 らもは試写でこの作品を見ており、感動して大泣きしていたそうです。「父と息子のつながり、憎悪を描いた感動の名作である。俺はこの作品の原作者で脚本も先に読ませてもらっていたがラストになると滂沱の涙を流した。これは監督の力量だろう」という最大限の賛辞を送っています。映画でも散髪屋の役でちょっぴりだけ出演しています。2004年7月26日永眠。享年52歳。中学生の頃から積極的なファンではなかったですが常に気になっていた有名人でした。早い、早すぎる。合掌。

監督:李闘士男 脚本:鄭義信 プロデューサー:原田泉 エグゼグティブプロデューサー:李鳳宇 原作:中島らも 撮影:金谷宏二 美術:佐々木記貴 音楽:cobaキャスト:神木隆之助、宇梶剛士、南方英二、南果歩、生瀬勝久、田中優貴、奥貫薫、AKIRA、コング桑田、荒谷清水、新屋英子、清水哲郎、エヴェルトン・テイシェイラ、笑福亭釣瓶、中島らも 

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