映画と原作とは別物、この言葉は映画ファンなら常に心に忍ばせておかねばならない言葉だ。原作を見てから映画を見る場合、映画を見ながら「ああ、あの場面はこうしたか」と映画を楽しめることができる。しかし、その楽しさ以上に「ここが原作と違う!」「あーわかってねえな」と思う危険性がある。私はそれが厭なので有名な原作が映画化されるときにその原作を読むということをしない。角川映画の昔懐かしのフレーズ「読んでから見るか、見てから読むか」なら私は後者を選ぶ。本日、紹介する「レディ・ジョーカー」はこの典型でその世界観の大きさから映像化は困難と考えられていた高村薫の社会派サスペンス。もちろん、ベストセラーであります。高村薫の本はまだ読んだことないけど、当作品は私が大好きなグリコ森永事件を題材にした小説。いつか読もうと思ってましたが、映画化される話を聞いて映画を見てから読むことに決めた。

 監督は「魔界転生」「笑う蛙」の平山秀幸で脚本は「血と骨」「お父さんのバックドロップ」「刑務所の中」と安打製造機の鄭義信。この組み合わせでああ、と思ったあなたは日本映画が好きな人。2002年、平山と鄭は「OUT」という作品を撮っています。この作品も桐野夏生の犯罪小説が原作になっています。不安と失望を抱える不幸な女が犯罪に巻き込まれていくハードボイルドな小説だったのですが、平山は中盤までストーリーを変えずにまったく別物にしてしまいます。死体をばらすという行為を通して徐々に道を踏み外していくさまをあえて、非日常を経験することで雄雄しく立ち上がって一人で生きていく女性の物語にしてしまったのです。

 結果は、原作ファンからはそっぽを向かれ、配給した20世紀フォックス宣伝部長のクビを飛ばすほどの不評でした。が、私には大変に面白い映画で私はスクリーンでその年に三回見ています。例によって映画を見てから原作を読んだのですが、これが地味臭い変態小説でちっとも面白くない。これをよくあれだけ面白い映画したもんだ。原作を忠実に映画化することではなく、面白い映画を作る。この当たり前の命題を忠実に実行したのが「OUT」でした。長々とわき道にそれておりますが、映画をけなす理由でよく挙げられる「原作と違う」にあえて反論してみたわけです。そしてこの映画も同じような理由でけなされております。私は原作を読んでないので反論は致しません。だけどそんなこたあ、映画にとっちゃどうでもいいことなんだ。

 この映画は登場人物が大変に多く、犯罪者グループの”レディ・ジョーカー”と脅迫された日の出ビールと警察の捜査本部のストーリーが並行的に描かれていきます。犯罪をベースにした映画ですからサスペンスだと思って見ていると思わぬ肩透かし。鄭義信は町の薬局主人、在日の信用金庫職員、零細工場の旋盤工、重度の障害を持つ娘がいるトラック運転手、そして世の中を斜にかまえた刑事という犯人グループが個々人の背景は印象的な台詞で描き出すのですが、はっきりとした動機とそして何故彼らが出会ったのかを描いていません。そこがこの映画のわかりにくいところなのですが、私は確信的に書かなかったのではないかと思います。映画をサスペンスにしたくなかったからです。

 鄭義信が描いたのは人間ドラマ。この映画に出てくる登場人物は犯罪グループだけでなく、警察にしても日の出ビール社員にしても重い背景を持って生きています。序盤に出てきた被差別部落出身の歯医者が印象的でしたが、そこで描かれる日の出ビール社長にしても会社と自分の思いに押しつぶされそうになりながら生きている個人に過ぎません。そこには、物井清三の言う「流されるままに生きてきた人間」が懸命に生きています。そしてそこに横たわっているのは昭和という時代であったと思います。

 本来なら映画の主人公であるはずの合田刑事だけが異質で同僚の刑事が言うように「浮いている存在」です。一人だけ汚れていないかのように白いスニーカーを履く彼と刑事でありながら犯罪に加担している半田の対比が面白い。合田を演じたのはこれが映画初出演になる徳重聡。芸達者揃いの出演者の中では、はっきり言って恥ずかしくなるほどの棒読み演技ですが、監督はそれを回りから浮いている刑事との役と重ね合わせてうまく使っています。

 53年テープ、社長誘拐事件、グリコ終結宣言、刑事の自殺という実際に起こった事件をうまくからませています。犯罪グループの中に韓国の影(金大中事件との関連も言われた)、現職の刑事、北陸の方言を話す男がいたという噂もありましたし、株式操作や総会屋との関連も言われていました。大杉漣が演じるトラックの運転手も犯人に京都の道に詳しい男がいるとの記事もありましたしね。詳しくは一橋文哉の「闇に消えた怪人」を参考に。この本は何回も読み返したなあ。

 俳優陣は抑えた演技で実にいい。地味ながら、外波山正行、國村準、綾田俊樹が大変に素晴らしい。綾田俊樹が淡々と手紙を読み上げるシーンが印象的です。それから総会屋を演じた松重豊は今までで一番いい演技だった。人を食った感じで目に何の色もともっていない、何を考えているかわからない男。凄い俳優になった。吉川晃司もよかったなあ。

 全体を通して色質を落とした感じで淡々と映画は進んでいきます。確かに説明不足のところもありますし、なんと言っても地味です。この正月映画戦線では苦戦を強いられるでしょうし、シネコンでは早くも上映回数が激減しています。しかし不作続きだった今年の日本映画界の最後にやっと、じっくりと大人の鑑賞に堪えうる映画が出てきました。

監督:平山秀幸 脚本:鄭義信 製作総指揮:中村雅哉 原作:高村薫 撮影:柴崎幸三 特別協力:石原プロ
キャスト:渡哲也、吉川晃司、國村準、大杉漣、吹越満、加藤晴彦、矢島健一、菅田俊、阿南健治、外波山文明、光石研、山本浩司、康すおん、永岡佑、松重豊、綾田俊樹、斉藤千晃、菅野美穂、谷津勲、辰巳琢郎、岸部一徳、清水?治

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