皆様もご存知のように長崎県の佐世保で事件が起こった。小学生の女の子が同級生の女の子をカッターナイフで刺し殺した。傷は首だけでなく、遺体は血みどろであったと言う。首は半分までが切断されていた。尋常な殺しではない。とても、ついやってしまったというものでない。彼女が絶命したのは決して一瞬でなかった。その遺体を目の前にした父親の心情は誰にもわからないのだ。もんたよしのりではないが、言葉にすれば絶対に嘘になるからだ。


 そのカッターナイフ少女であるが市内のビデオ店で「バトル・ロワイアル」のDVDを借りていたらしい。少女は小説の「バトル・ロワイアル」の愛読者でサイトでバトルロワイアルに模した小説も書いていた。少女がDVDを見た時期は彼女がちょうどその小説を脱稿した直後に重なる。


 正直、こうした報道には辟易したものを感じる。マスコミの犯人探しである。やれネットが悪い、暴力漫画が悪い、日本の硬直した教育制度が悪い、年金制度を無理やり成立させようとする与党の国会運営が悪い、ととにかく、その本人が悪いというところに考えが及ばない。普通に考えたら、同じような境遇の子どもは他にいるし、もっとひどい境遇の子どももいる。そうした子どもたちが一斉に少女の首をカッターナイフで切り裂いておったら日本はアメリカ以上の犯罪大国であろう。何故か犯罪は社会の生み出すものであると考える、お優しい方々でこの列島は溢れておるのだ。かたじけなさに涙がこぼるる。子どもが人を殺すなんて邪悪なことなんか考えるわけがないのだ。暴力映画、暴力小説というのはその格好の原因であるらしい。大谷某あたりが喜んで飛びつきそうなネタであろう。


 実は私は小説版を読んでいないので原作がどんな作品かはしっかりは知らない。だから私にとっての「バトル・ロワイアル」とは映画の「バトル・ロワイアル」である。私がこの映画を見たのは大学生の時であったが、この映画は当時の中学、高校生いや、未だにこの世代の若者に人気があるのだ。深作欣二に関する情報をネットで拾おうとすると高校生によるファンサイトが多いことに驚く。そのサイトというのはほとんどが「バトル・ロワイアル」に関するもので2ちゃんねるのスレも所謂「バトロワスレ」である。70歳を過ぎた監督が中学生、高校生を熱狂させる映画を作ったというのは凄いことだと思う。それは、勲章であろう。往年の名監督が所謂、大作主義に逃げ込んでしまう中で国会議員を巻き込んだ問題作を作ったわけですから。が、彼らの興味は「バトル・ロワイアル」だけに留まっており、深作欣二に届くことはないだろうし、実際に届いていない。


 深作欣二のそのフィルモグラフィをたどると、深作が最期にこの作品にたどりついたのは必然であったと思う。何故なら、この作品は深作が映画に刻み込んできたメッセージが、見てて恥ずかしいほどに剥き出しになった作品であるからだ。が、「バトル・ロワイアル」だけにこだわるとそのメッセージは見えてこない。題材、そのストーリーから見るにこの作品の本来の商品価値は、「コンクリート」や「自殺サークル」のようなスプラッタムービーであった。中学生のクラスメイトで殺しあうのだ、冷静に考えてみるがいい。何のリアリティもないキワモノなのだ。故・石井議員が非難したのはこの部分であった。ともすればだ、この部分ばかりでこの映画を語る、ええ年して理解のたらん外道(同業の映画監督にもいる。彼にとっての深作は「仁義なき戦い」だけの人であり、他の作品は「シベリア超特急」で同じでその末路は哀れであったと言っていた。追悼番組などに顔を出しておいてこの言い様。本物の外道だな。それから勉強不足としか言いようが無いな。)もおる。


 確かにそうしたアクションシーンは衝撃的で魅力であろう。原作の荒唐無稽さも魅力であろう。しかし、そこで満足しちゃったら、駄目だと思う。佐世保の少女が映画を見てどう思ったかはわからない。ただ、本質を本当に理解しているのなら、あのような凶状に及ぶわけがない。これだけは断言できる。何故ならこの映画ってのは究極の反暴力映画だからだ正直な話、私には小学生、中学生にこの映画ってのはやはりしんどいんじゃないか、と思う。誤解も憶測も全部ひっくるめて、評価してくれと言うのが映画だろうとは思うが、ハードルがやや高すぎる。


 深作が小説のバトル・ロワイアルを映画化しようと考えたのは「中学生42人皆殺し」という帯の文字に衝撃を受けたからでした。息子の健太君が何気なく買ってきた本を見てでもちろん、中身も知らなかった。でも、これは映画になる、と思った。それは自分の思いをここならば、昇華できる、そういう作品を作れるということだったのです。その思いというのは深作の15歳の頃。戦争の体験です。


 深作自身は従軍はしていません。が、あの時代の国民は全員が常に戦争と隣り合わせでした。毎日のように爆撃機が空を覆う。空襲だ。深作の住んでいた水戸も空襲でやられた。彼の通った中学校も焼失した。機銃掃射でバタバタと民衆は死んでいった。死にたくない、この思いは皆、同じであった。中学生が働いていた工場が爆撃されて、多くの死者を出した。同じ中学生がその死体を片付けた。深作欣二の思い出である。いずれ自分も出征せねばならないのか(実際には少年兵として戦場に向かっていた中学生もいたらしい)という不安よりも前に明日生きているのか、という不安が強かった。皆が生きるために必死だった。そして深作は生き残った。


 思うに、生き残った歓びはもちろんあったと思うが、死んでいった級友たちに対するひけ目のようなものもあったのではないだろうか?もちろん、級友が殺そうなんて考えたこともなかっただろう。しかし、戦場で他人が自分の代わりに狙われて、その隙に命からがらに逃げ切るということはあっただろう。彼が手を下したわけではない。皆が生き残るのに精一杯だったのだ。仕方ないことなのであったが「軍旗はためく下に」などを見ると深作はそうした原罪を背負い続けてきたような印象を受けるのだ。


 「バトル・ロワイアル」は無人島に集められた、一クラスの中学生が殺し合いをするという設定である。中学生がクラスで殺しあうなんてありえない設定だ。しかし、常に死と隣り合わせだった深作にはこの設定は自分の原体験でもあった。このような無茶な設定でないとあの時、自分が感じた思いみたいなものは表現できないのではないか。級友を見捨てる、を級友を殺すと置き換えねば、と腹をくくったのではないだろうか。

ここでおよそ3000字。。つづく。

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