深作まつり第三十一夜「白昼の無頼漢」〜深作アクションの原点〜
2003年9月16日 シネ・ヌーヴォの「映画監督・深作欣二」もいよいよ今週でおしまい。全然いけへんかった。金曜日の最終日はお休み取って行く予定です。
今日の深作まつりは1961年の「白昼の無頼漢」。深作監督にとって始めての長編映画です。それまで4本ほど60分以内の映画は撮ってますが言わば添え物の映画ばかりでヒットするか云々よりも「こいつは監督としてやっていけるか」のテストみたいなものでした。もっとも、この映画も別の映画が流れて番組に穴が空いたので、まあやってみいと。丹波哲郎は押さえてあるから、と言う感じだったようです。当時、東映は業績がダントツのトップで怖い物なし。それでもっと儲けようともう一つの封切系統「ニュー東映」を作って映画の製作本数を二倍にした。深作監督のデビューもその波に巻き込まれたものでした。なお、ニュー東映はあまりパッとした数字を残せずに61年の年末には無くなってしまいます。ニュー東映は主に東映東京撮影所で時代劇中心の京都とは違って、現代劇を多く撮りました。東映のロゴマークは例の波に三角ですがニュー東映は火山の噴火に丸いロゴマークでした。
なお丹波哲郎が深作作品に出演したのはこれが最初。丹波哲郎っていろんな映画出てるせいか、あんまり深作作品の常連って印象は薄い。出演本数は多いんですがチョイ役が多いためでしょうかね。「仁義無き戦い 代理戦争」なんてスチールのみの出演だしね。でも深作監督の唯一のインディーズ作品である「軍旗はためく下に」も主演してますし、やっぱり仲がよかったんでしょう。深作が死ぬ一年前まで電話するなどの交友はあったようですし。キネマ旬報「映画監督深作欣二の奇跡」で丹波哲郎は深作監督のことを「面白い存在で、つまり仲間だな」と言っています。これ以上の褒め言葉はありゃしねえ。
丹波哲郎という役者も不思議な人で新東宝、松竹、東映、日活とフリー同然で会社を渡り歩いた人ですが仕事に困ることはなかった。芝居もさほど達者でなかったし、チャンバラもそんなにできなかった人ですが堂々とした体格に目鼻立ちのくっきりとした顔がやっぱスクリーンで映えた。この「白昼の無頼漢」はそうした丹波哲郎のどこか日本人離れしたところを生かして作られた作品です。
やっぱ普通の日本人がギャングをやるとどこか変ですが、丹波哲郎が台詞に英語を混ぜながら喋るとカッコよく見えます。丹波演じる宮原と言うギャングが脛に傷持つ奴等を集めるところから映画はスタートします。
女に目がない黒人兵トム、韓国人ヤクザ、アメリカギャングとその妻に宮原は現金輸送車強奪の計画を持ちかける。宮原は彼らの弱みを握っており、彼らが断るということはありえない。無理矢理、参加させられる。黒人兵にあてがったパンパンの花子(中原ひとみ)を加えた一行は現金輸送車を襲撃する。が、彼らの行動を監視していたヤクザの一団が彼らを襲撃。仲間の数人は死に、宮原の妻はヤクザに内通していた。宮原は金を奪ったトムをゴーストタウンに追い詰めるが。。
これとっても面白いです。この映画はたった二週間でとり上げて、出ている外人もほとんど素人で脚本も結構いい加減なのですが勢いがあります。仲間がめちゃくちゃ仲が悪くてもちっとも動じない丹波哲郎がめちゃくちゃカッコいい。「戦後の日本でこんなこと考えるのは俺ぐらいだろう」という台詞が似合うのはこの人ぐらいですね。今の日本人にだっていません。
大変、難渋した作品でトム役の黒人が逃亡してスタッフの一人が顔を黒く塗って出演した(後にこのスタッフは俳優になったらしいです。どこを代役したのかはよくわからなかった)とか、山火事が起こりそうになったとか、様々なエピソードには事欠かない作品です。が、後世の深作演出であるアクションのスピード感とテンポの良さはこの頃からのもので見てて時間を感じさせない作品でした。日活の若手監督が同じような作品を作る時に必ずこれを参考にしたというのも納得できる作品でした。
監督:深作欣二 脚本:佐治乾 撮影:星島一郎 美術:近藤照男
出演:丹波哲郎、中原ひとみ、曽根晴美、久保菜穂子、春日俊二、柳永二郎
今日の深作まつりは1961年の「白昼の無頼漢」。深作監督にとって始めての長編映画です。それまで4本ほど60分以内の映画は撮ってますが言わば添え物の映画ばかりでヒットするか云々よりも「こいつは監督としてやっていけるか」のテストみたいなものでした。もっとも、この映画も別の映画が流れて番組に穴が空いたので、まあやってみいと。丹波哲郎は押さえてあるから、と言う感じだったようです。当時、東映は業績がダントツのトップで怖い物なし。それでもっと儲けようともう一つの封切系統「ニュー東映」を作って映画の製作本数を二倍にした。深作監督のデビューもその波に巻き込まれたものでした。なお、ニュー東映はあまりパッとした数字を残せずに61年の年末には無くなってしまいます。ニュー東映は主に東映東京撮影所で時代劇中心の京都とは違って、現代劇を多く撮りました。東映のロゴマークは例の波に三角ですがニュー東映は火山の噴火に丸いロゴマークでした。
なお丹波哲郎が深作作品に出演したのはこれが最初。丹波哲郎っていろんな映画出てるせいか、あんまり深作作品の常連って印象は薄い。出演本数は多いんですがチョイ役が多いためでしょうかね。「仁義無き戦い 代理戦争」なんてスチールのみの出演だしね。でも深作監督の唯一のインディーズ作品である「軍旗はためく下に」も主演してますし、やっぱり仲がよかったんでしょう。深作が死ぬ一年前まで電話するなどの交友はあったようですし。キネマ旬報「映画監督深作欣二の奇跡」で丹波哲郎は深作監督のことを「面白い存在で、つまり仲間だな」と言っています。これ以上の褒め言葉はありゃしねえ。
丹波哲郎という役者も不思議な人で新東宝、松竹、東映、日活とフリー同然で会社を渡り歩いた人ですが仕事に困ることはなかった。芝居もさほど達者でなかったし、チャンバラもそんなにできなかった人ですが堂々とした体格に目鼻立ちのくっきりとした顔がやっぱスクリーンで映えた。この「白昼の無頼漢」はそうした丹波哲郎のどこか日本人離れしたところを生かして作られた作品です。
やっぱ普通の日本人がギャングをやるとどこか変ですが、丹波哲郎が台詞に英語を混ぜながら喋るとカッコよく見えます。丹波演じる宮原と言うギャングが脛に傷持つ奴等を集めるところから映画はスタートします。
女に目がない黒人兵トム、韓国人ヤクザ、アメリカギャングとその妻に宮原は現金輸送車強奪の計画を持ちかける。宮原は彼らの弱みを握っており、彼らが断るということはありえない。無理矢理、参加させられる。黒人兵にあてがったパンパンの花子(中原ひとみ)を加えた一行は現金輸送車を襲撃する。が、彼らの行動を監視していたヤクザの一団が彼らを襲撃。仲間の数人は死に、宮原の妻はヤクザに内通していた。宮原は金を奪ったトムをゴーストタウンに追い詰めるが。。
これとっても面白いです。この映画はたった二週間でとり上げて、出ている外人もほとんど素人で脚本も結構いい加減なのですが勢いがあります。仲間がめちゃくちゃ仲が悪くてもちっとも動じない丹波哲郎がめちゃくちゃカッコいい。「戦後の日本でこんなこと考えるのは俺ぐらいだろう」という台詞が似合うのはこの人ぐらいですね。今の日本人にだっていません。
大変、難渋した作品でトム役の黒人が逃亡してスタッフの一人が顔を黒く塗って出演した(後にこのスタッフは俳優になったらしいです。どこを代役したのかはよくわからなかった)とか、山火事が起こりそうになったとか、様々なエピソードには事欠かない作品です。が、後世の深作演出であるアクションのスピード感とテンポの良さはこの頃からのもので見てて時間を感じさせない作品でした。日活の若手監督が同じような作品を作る時に必ずこれを参考にしたというのも納得できる作品でした。
監督:深作欣二 脚本:佐治乾 撮影:星島一郎 美術:近藤照男
出演:丹波哲郎、中原ひとみ、曽根晴美、久保菜穂子、春日俊二、柳永二郎
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