▼実は4月は私にとっては大層しんどかった月であった。過去形で語れるのが大変嬉しい。肉体的にどうこうというわけでないが精神的に大変こたえた月だった。ストレスはたまると肉体に出てくる。肩が凝って仕方なかった。風邪もひいていたみたいで体もだるく、何をするのにも億劫であった。仕事上でもプライベートでも揉め事が続いて大変であったが、なんとか4月中に片付くことができた。皐月は少しはいいことあればいいが。。



何から何までつらい 昨日が終わった今日は 涙さえ風に散る さようならと

今日から明日へ向かう 列車に飛び乗りそして 誰にでも声かける こんにちわ

昨日は昨日さ 終わった日さ 明日は今日のために 始まる日さ

悲しい話はちぎり 窓から捨てたらいいさ すぐそこに待っている 幸せが待ってる




井上順の「昨日・今日・明日」は名曲だ!



今日はたまってた3月に見た映画の短評から。こまごまと書いていきます。



今日はこれから南座で花形歌舞伎。何気に歌舞伎はじめて。



星による評価はあくまでも目安。5つ星で評価しとります。
★★★★★・・・仕事休んでもメシ二食抜いても映画館で見る価値あり。
★★★★・・・・列に並んでも見る作品。ぜひスクリーンで見てください。
★★★・・・・・映画館で見ても損はなし
★★・・・・・・別にWOWWOWでもいいか。
★・・・・・・・金払うのがあほらしゅうなる。





ツインズ・エフェクト 3/3 TOHOシネマズ高槻 スクリーン6

★★★

→香港でめちゃくちゃ大ヒットしたアイドル映画。アイドルが飛んだり跳ねたりする、たわいもないアクション映画なんだが、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズのドニー・イェンが共同監督として参加していることから有名になった。実は香港映画界は疎いんで、どれだけ凄いことなんかようわからん。この「ツインズ」ってのは香港では大人気のアイドルなんだそうだが、そんなに可愛いか?と思ってしまった。ジリアン・チョンの方は西田尚美みたいで可愛いがシャーリーン・チョイはう〜んと言う感じ。新しくできたTOHOシネマズ高槻で見たのだが、お客さんは少なかった。ビデオでええですね。ジャッキー・チェンも出てるよ。



誘惑 3/6 シネ・ヌーヴォ

★★★★★

→中平康の初期作品。何気なく見に行った作品だが芦川いづみ、渡辺美佐子、轟夕起子、中原早苗と中平作品の常連が揃った佳作で非常に面白かった。昔の邦画なんかビデオで見れるんだからわざわざ見に行かんでいいのではないかとよく言われるんだが、ビデオになってない佳作もいっぱいありますしね。中平作品なんか、まさにそうでスクリーンでしか見られない作品もいっぱいある。現にこの作品は「ぴあシネマクラブ」にも収録されていない。こうした隠れた名作があるんでリバイバル上映通いは止められませんのです。



油断大敵 3/7 シネマ・ドゥ

★★★

→昨年の湯布院映画祭のクロージング作品。見たかったんだけど仕事の都合で最終日まで楽しめなかったんだよな。監督は「新・仁義なき戦い/謀殺」の脚本を書いた成島出。主演は役所広司と最近、仕事しすぎな柄本明。原作は泥棒刑事の回顧録で映画ではエピソードの一部を使って、そこに伏線として彼の娘の話を入れている。この二つをうまくからませてなかなか見れる作品になっている。役所広司ってのはやはり器用な役者だなと改めて感じ入った。



ルビー&カンタン 3/7 シネ・リーブル梅田シアター2

★★★★

→「メルシイ!人生」のフランシス・ヴェベールの最新作。フランスを代表するアクターのジェラール・ドパルデューとジャン・レノが主演のアホアホコメディ。空気がよめねえドパルデューと真面目くさった殺し屋のジャン・レノのかけあいがオモロイ。少々、アクが強いですが90分ほどの短い映画なんで笑っているうちに上映が終わり。二人のかけあいで見せる映画なんで字幕が大変重要になっていましたが、なかなか凝った字幕を演出してくれているので楽しめました。



イノセンス 3/11 TOHOシネマズ高槻 スクリーン3

★★

→それなりにかっこいい映像と音楽のよさで客というのは集まるもんやな、と思う。つまらんとは思わんが「攻殻機動隊」ファンでないとほとんどわからんではないか。最近、監督の個人的趣味がごり押しする映画が多いんだが流行ってるのか?こういうの?


 今日、ご紹介するのは高槻松竹セントラルで「白い巨塔」と二本立てで公開された「砂の器」。4月18日の日曜日に見に行ってきました。混んでるやろうなぁという予感はありましたが、行ってみると一つのスクリーンでやる予定が二つのスクリーンでやってて両方とも朝一番で満員になってて補助席が出るほどの盛況でした。二本とも椅子に座ってじっくり楽しみましたが、あわせて5時間を補助席で見るのはめちゃくちゃしんどかったやろうね。お年寄りも多かったですが、若いお客さんも多くて老若男女が入り乱れておりました。ドラマの効果も大きいんでしょうが、二本ともややリバイバルでよく上映される作品で人気も高い。私も「白い巨塔」は昨年に見てますし、「砂の器」もリバイバル上映の定番になっています。一昔前、松竹は何かというと「砂の器」をしょうもない映画と抱き合わせで上映したりしています。言わば、松竹のキラーコンテンツやね。

 監督は親父の代から松竹の監督、ミスター松竹こと職人、野村芳太郎。脚本は橋本忍、山田洋次。撮影は川又昴、音楽は芥川也寸志という顔ぶれ。松竹を代表するスタッフですね。製作は橋本忍が作った個人会社の橋本プロダクション。橋本忍という人は「羅生門」「私は貝になりたい」「切腹」「白い巨塔」「日本沈没」「八墓村」と様々な大作を手がけた(但し、共同脚本も多い)当時の日本映画界を代表する名脚本家ですが、彼の才能は脚本よりもむしろプロデューサー的な能力にあったと思えます。

 橋本プロダクションは「砂の器」「八甲田山」という大ヒット作を生み出しますが、超カルト大作「幻の湖」の大失敗により、日本映画界から姿を消します。橋本忍も86年の「旅路 村でいちばんの首吊りの木」を最後に10年以上も沈黙を守っています。東北の方の映画祭にゲストとして出られたこともあるそうですが、表舞台には一切出てこない。失礼な話ですが、もう亡くなったと思ってました。「幻の湖」DVD化にもコメントなし。

 「砂の器」は橋本プロダクションの第一回作品でした。曰く、構想14年。脚本自体は「砂の器」が新聞小説として連載されていたときに書かれたものでした。脚本化された段階ではまだ連載が終わってなかった。橋本忍は山田洋次と相談して原作になかった親子の旅路の部分を膨らませるという工夫でたった3週間で脚本を書き上げてしまいました。が、脚本を見た松竹の城戸四郎会長がらい病などの題材のヘビーさを心配して製作の中止を決定。脚本はお蔵入りしてしまったのです。それから何年もたって、橋本忍が自分で好きなように撮れるなって手がけたのがこれだったのです。執念といやあ、執念ですが、何も十年以上も前のお蔵入り企画を持ってこなくても。。と思う。

 「砂の器」に関しては最近やってたドラマは見てませんが田中邦衛と佐藤浩市でやったのを見てましたし、断片的にどういう映画かは知ってました。ただ実際に見たのはこれがはじめて。確かによくできてるし、名作だと思う。ただ、ややあざとい感じがする。テロップでほとんどの状況を説明してしまう乱暴なやり方も脚本が練れてない証拠だと思うし、穴もやや多い。が、それは終わってからじっくり考えて出てくることで見ていたときには私もやはり何度も胸が熱くなった。それはやはり後半の旅のシーンが大きいと思う。犯人である和賀の幼い頃の回想シーンである。村を追われた父親と共に山陰を西に向かう親子の二人旅。セリフはなく、音楽と旅をする二人だけで映画は進むのである。

 橋本忍はこの後半のヒントは人形浄瑠璃にある、と語っていました。(樋口尚文「70年代日本の超大作映画」)人形浄瑠璃とは、浄瑠璃語り(太夫)が独特の節回しで浄瑠璃を語る。その浄瑠璃に寄り添うように三味線が弾かれ、その心情を絵に表すように人形が動くのだ。「砂の器」に当てはめると、三味線は和賀が弾く「宿命」で、浄瑠璃語りは捜査会議の席上で捜査結果について思い入れたっぷりに語る、丹波哲郎演じる刑事、そしてセリフを一言も発することなく、旅を続ける親子は人形なのです。今度のテレビドラマでもわかったことですが、病気の差別を扱うというのは映画会社も嫌がるし、原作も暗くてとても映像化に向いているとは言い難い。そういう題材を見事に泣かせの技術を駆使して名作にしてしまう。橋本忍という人の発想はやはりすごかったのだ。

 緒形拳、加藤剛、渥美清、笠智衆、丹波哲郎と出演陣を見ると豪華ですし、後半のコンサートシーンを見ると大変、お金がかかっている映画に見えます。が、実際のところはどうだろうか。前半の調査は出ずっぱりなのは丹波哲郎一人だし、(主役であるはずの加藤剛は映画全体を通して半分も出ていない!)後半も加藤嘉しか出ていない。豪華キャストも丹波が旅先で会う人々で出番も短いしね。渥美清は伊勢の映画館主人、笠智衆は殺された男の旧友、同じような感じで菅井きん、殿山泰司が出ています。佐分利信、島田陽子、森田健作も登場が少ない。何より緒形拳の登場シーンが実に少ない。各地の景色を写すのには骨は折れたでしょうが、少人数のスタッフでいけますしね。その分、コンサートシーンで目一杯お金を使った。

 私は後半よりも前半の丹波があちこち訪ね歩くシーンの方が好き。とにかく気になったら現地に飛んでいく。そしてしつこいほどの聞き込み。クソ真面目と言ってもいい地味なやり方で事件の謎解きをしていく。ここらへんがテンポがよくて、面白い。ともすれば、後半にばかり評価が集まってしまうが前半の謎解きの部分は大変軽やかでいい。何分でも時代の作品ではあるとは思う。が、村を追われて、誰にも省みられることなく、旅を続けるというのはどれほどつらかったか、考えるにぞっとする。それがこの映画が時代を超えて人の心をうち続けているということなのだろう。

 この作品はビデオやDVDで見られる方も多いだろうがやはりここはスクリーンで見て欲しい。関西でも上映は5月22日〜30日に大津京町滋賀会館シネマホール、6月12日〜18日に高槻松竹セントラルでやる。高槻松竹セントラルの方は「白い巨塔」と二本立て上映なのだゾ。お見逃しなきように。

参考
http://www.rcsmovie.co.jp/shiga/shiga.htm
http://www.cinema-r170.com/

監督:野村芳太郎 脚本:橋本忍 山田洋次 製作:橋本忍、佐藤正之、三嶋与四治 原作:松本清張 撮影:川又昂 音楽監督:芥川也寸志 美術:森田郷平 照明:小林松太郎  製作協力:シナノ企画
出演:丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、山口果林、加藤嘉、春日和秀、笠智衆、夏純子、松山省二 、内藤武敏、稲葉義男、春川ますみ、花沢徳衛、殿山泰司、濱村淳、穂積隆信、菅井きん、佐分利信、緒形拳、渥美清
 先日、竹中労の「エライ人を切る」を再読した。流れるような文体、見事な皮肉、毒舌で汚い言葉を使いながらもちっとも下品さを感じさせない見事な文章だ。数年前に図書館でアルバイト中に何気なく読んで舌をまいたんだが、やっぱり本物だ。このような洒脱な文章に半歩でも近づきたい、と文章をこねくり回してますがちっとも上達しねえ。毒舌ってすんげえ難しいの。しかし軽く書くつもりだった「キャシャーン」の感想ですが5000字はもう書いてるぞ。タダのクソ映画ならば、「スパイゾルゲ」なんて「つまらん」で終わりだもんね。実は私は予告を見て大変期待しておったのですよ。それがたった10分で砕かれた冒頭にルビー(宇野重吉の倅)が演説してるシーンでなんかもう帰りたくなった。



 肝心の映像も高く買いなさる向きがあるようじゃが、わしゃ、どうもいけんよう。映像効果ってのは効果が必要な時だけ使えばいいんじゃ。こんなレトロフィーチャーな映画によう、そがいに全部の映像いじくり回してどうするんじゃ。本人は本職じゃからそれが楽しゅうんじゃろうが、見てるこちらはしんどくて仕方ない。確かに凄くないとは言わんよ。でも30分ほどで飽きる。決定的なのはアクションがめちゃくちゃ下手クソで紙芝居にしかみえへんのや。何か普通に撮った映像にそがいに自信ないんか?強迫神経症か?それよりも前にあの駄文というか、場末のポルノ映画以下の脚本を直すことは考えんかったんか?すまんがその程度の映像なら「ドラゴンヘッド」で達成しとる。



 役者は伊勢谷、麻生久美子、西島、小日向、ミッチー、大滝はんあたりは合格。宮迫はうまいんだがお笑い芸人があんな役やったらコントの延長にしか見えないんだな。佐田と要はもう全然あかん。特に佐田真由美はもう出なくてもいい、役者やめろ。唐沢も線がごつすぎて完全にミスキャストだろ。それでも役者はいいと思う。よくがんばったと思う。特にミッチーはよかった。誉めちゃる。唯一、いいと思ったのは大滝はんがクーデターで政権を奪還したところのカット。息子の西島に電話するシーンだな。あそこだけだな、本当に。あそこだけ。



 でもこの映画はヒットするでしょうね。隣の兄ちゃん、ないとったもん。こんな映画に金はらわせやがって!ちくしょう!という感じでもなかったけんね。わしはそれで泣きはいってたけど。(つд∩) ウエーン



 嫁が頑張ってるけんね、一生懸命に宣伝しとる。あたしゃ、涙が出たよ今のニッポン低国映画界、出来が悪くても話題性があればヒットする、世界一チョロイ業界でございます。「バトルロワイアル?」もヒットしちゃったしね、もうなんか若い奴ら、イラネ。楽しかね。どこ行く鳥よ、阿呆鳥。今年はこれだけじゃなくて、漫画を原作にした映画が怒涛のように公開されやんす。その先陣を「キャシャーンがやらねば誰がやる!」と切ったわけですがこれ、最低。多分、後に続くのも考えるだに。。ございます。確かに「キリなんとかがやらねば誰がやる!」だわね。誰もそんな先陣切りとうないよ。なんぼうにもとおりゃんせ、とおりゃんせ、もうあたしゃ、知らんぷり。

 ただ一つ危惧するんはこんなクソ映画見て「邦画はクソじゃ」と思い込む若衆のことよ。わしゃ、若衆のことを思うと悲しゅうて悲しゅうて。。その気持ち、おまいらにはわかるまい。(「仁義なき戦い」のパロです。為念)日本映画にゃ、「アイデン&ティティ」とか「きょうのできごと」みたいないい映画もあるでよ、と言いましても、お聞き届けございませぬ。だから、あなたが行かなくても大丈夫!絶対にヒットするから!



 最後に旦那のための嫁の歌ですが声も出てねえし、ありがちでつまらねえ歌。おーい、宇多田さんよ。如何に自分を綺麗に魅せるか(如何に自分の胸を大きく魅せると言い換えませふか?)だけに気を使いすぎで歌作るのがおろそかになっておらんか?そのために雇うた旦那じゃ。映像を綺麗綺麗に仕上げるだけが取り得だもんね。似たもの夫婦なのよ。水は低きに流れる、キリなんとかの才能なんかにゃ興味ないが、ヒカルはんはチトオシイ。おとっつあんから逃げたくての結婚だってのことだが、欲ボケ半ボケのおとっつあんの方がまだマシじゃないかい?



 まあ映画の感想ってものは、どれだけ否定的なものを見ても最後は自分の感覚が全てみたいなんがあるので行かれる方は行くでしょう。別に止めや、しません。ただ2時間20分という時間、この「タイムイズマネー」のせちがらい世の中、「あの時間で何ができたか」と後で考えてみたくなるでしょう。私は結局、一日つぶれてしまい、見たかった増村保造の「赤い天使」を見れなかった。皆さんは2時間で何ができますか?



監督、撮影監督、脚本、編集:紀里谷和明 バトルシーンコンテ:樋口真嗣 アクションディレクター:諸鍛冶裕太 オリジナルサウンドトラック:東芝EMI テーマンソング:宇多田ヒカル

キャスト:伊勢谷友介、麻生久美子、鶴田真由、及川光博、西島秀俊、寺尾聰、樋口可南子、小日向文世、宮迫博之、佐田真由美、要潤、寺島進、大滝秀治、三橋達也、唐沢寿明


 今日は毒舌モードでございます。芸風としては実はこっちのほうが正しいし、書いてても楽しい。ただ為念として一言申し上げますと毒舌は愛がなければできませぬ。このたびの悪口も「キャシャーン」という「名作になれたかもしれない」日本映画(そんなこたあ、これっぽっちも思ってない)に対する私のラブレターでございます。めちゃくちゃ長くなったので、二回にわけてお送りします。


 この映画、あかんやろうなあと思う映画ってのは見終わると大体、ああやっぱ自分の勘を信じるべきだったと思うものである。たまに、ごくたまに冷害、否例外があるから映画鑑賞はやめられんが滅多に無いからこそおもしろひ。本日、見てきた「キャシャーン」(え?英語の題?日本映画で英語なんか使うな!)もまさにそんな映画で冒頭の30分ほどで飽きてしまい、時間中に腕時計眺めてため息つくこと数回。2時間21分、新手の拷問かと思うほどひでえ映画でございました。ここではボロカスに言うことはあんまりやっとらんのですが、私としてもこれは日本映画界に対する警告として問いたい、問い詰めたい、小一時間ほど問い詰めたいという気持ちでいっぱいでございます。


 一言で言うと昨今、日本映画を撮るのは非常に難しくなってきており、有能な監督でも映画の現場から数年、遠ざかっておられることも多数ございます。井筒和幸が暴力評論と人に嫉妬することしかやっとらんのも彼に映画をとらさなかったからであります。一番、脂の乗り切った時期に会社をコカしてしまい、不幸な事故の後始末をしているうちに彼の”最もよかった時期”は終わってしまい、スカみたいなオッサンになってしまったのです。こういう例が数えるといっぱいある。そういう時代において、フォトグラファーか加工屋かフリーライターか越後獅子か知らんが映画界とは何の関係もない嫁さんだけが有名な男に別に撮らさなくてもいいわけです。別に本人もどうしても撮りたいわけでもないでしょ。映画見たら十分にわかります


 私、アニメの「キャシャーン」が放送されている時にはいまだ生まれておりませんでしたので、どのようなアニメか知りませんが、こんな理屈っぽいアニメを昔はやっておったのですか。古老に聞くと全くの別物だ、と。私、ホッとしました。昔の子どもがこんなのを見て楽しんでてたのか、とそりゃ歪むぞ。ロクな人間にゃならねーな。とにかくストーリーがわかりにくいし、登場人物も多いし、敵が誰かもわからんし、テーマもわからんし、わからんだらけで理解しようにも映像がぐちゃぐちゃで理解しようという気持ちも薄れる。大体、何でいくらかの金を払って難しい思いせな、あかんのだ。このキリなんとかという男はそんなにドえらい男なんやろうか。なんかインタビューとか見ると難しいことを言うとるんですよ、何がなんだかさっぱりわからん。学生時代に友人にやたらカタカナ言葉(リテラシーとかね)を使って相手をはぐらかすことで自分の地位を高めていた男がいましたが、要はこのキリなんとかもその一種か。ここで前言撤回、テーマはありました!それは「ぶっしゅさんはわるいひとでえす。ぼ、ぼ、ぼくは、せ、せ、せんそうはんたいなんだな、おむすびはすきなんだな」です。


 親子問題とか新造人間とか様々なテーマをにやすことなく、ほとんど生煮えのまんま、皿に盛ってるのがこの映画なんだがその中で「せんそうはんたあい」というテーマがもう生のまんま、ゴロンとほりこんでごたる。思わず、じっと見つめてため息一つに愚痴ポロリ。皿ごとゴミ箱にポイ、と致しました。そりゃ、戦争反対は結構なことです。が、声高に叫ばれてもねえ。そんなの、あんたあ、有楽町でやっときなはれや、わしゃ付き合いきれんわい。イデオロギーをもたれるのは結構なことですし、映画に盛り込むのもOKでしょう。ただ下手クソなのは「バトルロワイアル?」を例にひくまでもなく、もう興醒め。場を白けさせるだけです。わかったことはそうか、嫁の奇妙奇天烈な思想はこの旦那あってのことか、と思っただけ。ジョン・レノンにでもなりたいのかねえ。。しの、、なんとかとか言う監督と一緒でイマジン流せたらよかったのにね!でも「キャシャーン」でやんなくていいよね。(つづく)
 今日はスカパーで見た「教祖誕生」。新興宗教をテーマにしたビートたけしの小説を映画化したものでたけしも出演しています。主演は芸能界きっての武闘派、萩原聖人。共演は岸部一徳に突然、コンサートを止めるなど人格的にどうかと思う玉置浩二など。

 田舎を一人旅をしていたカズオ(萩原聖人)はある新興宗教団体の布教活動を目撃する。うさんくさそうな男(ビートたけし)が声を張り上げ、これまたヨレヨレの爺さん(下条正巳)が手かざしで車椅子の婆さんの足を治してしまう。婆さんがスタスタと歩き出すと長身の男(岸部一徳)が本を回りの人に売りつけようとする。電車に乗ろうと駅に行くと教祖の爺さんと親しく話す婆さんがいた。何のことは無い、サクラだったのだ。元より目的のある旅じゃない。面白そうと思ったカズオは同行を申し出るが駒村(玉置浩二)に断られてしまう。彼は真面目に宗教をやっていたので、興味本位な入信を嫌ったのだ。が、声を張り上げていたうさんくさい男、司馬の許可を得て同行することになる。

 司馬と長身の男、呉にしてみれば、新興宗教なんてのはビジネス以外の何者でもない。この”教祖”も実は酔っ払いの浮浪者で手に仕込んだバッテリーで火花を出しているだけだった。彼ら二人が経理部門をしていた。それに対し、駒村は神は本当にいると信じていた。手かざしは本物なんだよ、と熱く語る駒村は呉と司馬を嫌っていた。ドサ回りのように田舎の村々を回っての布教の成果か、徐々に大きくなる教団。調子に乗った教祖は呉や司馬の言うことを聞かなくなり、「本当の病人を連れてきてみろ。今の俺なら治せるよ」などとフザけたことを口走るようになっていた。キレた司馬はある晩、金を握らせて追い出してしまう。二代目教祖に任命されたのは何とカズオだった。

 何も分からぬままに教祖になったカズオだったが、断食や滝に打たれるなどの修行を行って何とか教祖らしくなろうとする。これが真面目な考えだったかわからないが、その姿に感動した駒村は教団の金儲け主義を批判し、司馬に対抗する。。。

 新興宗教の中にはどう考えてもうさんくさいし、金儲けにしか見えないものもあります。が、それを信じている人は至って真面目で真剣。何年か前のオウム事件にしても、一般人から見れば「わからん」の連続で結局、双方とも何の歩み寄りがないまま現在に至っています。オウムはそれでも無くならないしね。80年代の一時期、ポストモダンってのがはやって新興宗教もそうした中で大きくなった。お互いの価値観を認めようってやつ。映画に出てくる司馬ってのはそんなの、全然信じていない。形はどうであれ、金を儲けることが全てだろうと。これは司馬を演じて原作を書いたたけしの考えでもあるんでしょう。でもその司馬も結局はつまづいてしまう。つまづいたところで「罰があたったんだ」なんて思う司馬もやはり、この新興宗教の一員でしかなかったのです。

 カズオは”神輿の教祖”ですが、修行をしたことで自分に神の力があると思い込んでしまう。映画の中ではまともな人間に見えますが、一番のお調子者です。ラストで呉に「無礼者!」と一喝するシーンがあるのですが、ちっとも迫力が無い。これは萩原の演技力がない(萩原は相当に演技力を持った俳優だと思う)のではなくて、こいつも結局はこの狭い団体の中で権力を握ろうとするちっぽけな人間でしかないという演出なんでしょう。

 前半のドサ回りののどかなシーンから徐々にどろどろとした抗争に突入していく。展開が割りと早くてテンポがとてもいい。94分という時間にコンパクトにまとめた脚本がなかなか見事。監督はたけしの助監督をしていた天間敏広。これが初監督作品でしたが、その後は一度もメガホンを取っていません。なかなかいい演出をしていただけにもったいない気がする。新興宗教団体の名前が真羅(しんら)〜教。読み方を違えると「マラ」になるのには笑ってしまった。変な歌を作ったりするところはオウムを意識してたんやろか。歌の感じもそっくりだしね。

監督:天間敏広 製作:鍋島壽夫、田中迪 原作:ビートたけし 脚本:加藤祐司、中田秀子
企画:森昌行 撮影:川上皓市 音楽:藤井尚之 美術:磯田典宏 
出演:萩原聖人、玉置浩二、岸部一徳、ビートたけし、下絛正巳、山口美也子、もたいまさこ、国舞亜矢
 今日は高槻松竹セントラルの松本清張13回忌特別企画「松本清張特集上映」から「鬼畜」。この日は「鬼畜」と「疑惑」の二本立てでどっちも岩下志麻が出ていた。この人は後年、極妻シリーズがあまりにも似合いすぎて、私達の世代にとっては「姐さん」のイメージがどうしても強い。彼女は松本清張の映画と縁があるのか、「迷走地図」「影の車」「疑惑」「鬼畜」と立て続けに出ています。最も全作品とも監督が野村芳太郎で会社が松竹なんでそちらの縁なのでしょうけど。この4つの映画で岩下志麻が演じる女性というのが、どれもタイプが違う。「鬼畜」での彼女は自分の旦那が浮気してできた子どもをいじめぬく、それは恐ろしい女性なんだがそこにどこか、悲しさをにじませている。

 昨今、ドラマで「鬼畜」をやったが、全然駄目であった。色々と原因はあるが、まずは黒木瞳のような三流が岩下志麻に追いつけるわけないのだ。(どーでもいいことだが、俺は黒木瞳がキライ。「白い巨塔」も一回も見なかった。)逆立ちしたって、悪役になんか見えねえしね。たけしはさすがにうまいと思ったけどやはり手間隙かける映画とドラマの差は歴然と出るのだ。

 夏の暑い昼下がり。ある決意をした菊代(小川眞由美)は6歳の利一、4歳の良子、乳飲み子の庄二を連れて、埼玉の川越に向かった。小さな印刷屋。そこが彼女の目指す先であった。印刷屋の主人、竹下宗吉(緒形拳)は料理屋で仲居をしていた菊代を囲い、7年間の間に3人の隠し子を作った。家業は順調であった。が、火事と大手の攻勢で商売はあがったり。愛人どころではなくなったのだ。そこに菊代が現れた。今まで何も知らされてなかった、妻のお梅(岩下志麻)は宗吉を激しくなじる。気の弱い宗吉は何も言い返すこともできない。そんな宗吉に菊代は愛想をつかし、子どもを押し付けて蒸発してしまった。

 ただでさえ、商売が左前である。子どもを養う余裕などなかった。お梅は、旦那に裏切られた挙句に世界で一番嫌いな女の子どもを押し付けられた。宗吉の子どもと言うが、そんなのあてにならない。あんな女!その苛立ちを子どもにストレートにぶつけ、当り散らす。お梅と宗吉の間には子どもがなかった。そのことが苛立ちをさらに大きくした。しかし宗吉は子どもをかばおうともしない。赤ん坊が折檻されていても見ているだけで従業員の阿久津(蟹江敬三)は「あんた親だろう!しっかりしろ!」 と一喝される始末。

 赤ん坊の庄二が栄養失調で衰弱し始めた。医者(加藤嘉)は入院を薦めるがそんな金はなかった。銀行の窓口係(大滝秀治)には融資を断られた。、ある夏日、寝ている庄二の上にシートが故意か偶然か、被さっていた。急いで病院に運んだが、栄養失調で庄二は死んだ。深夜遅くに帰宅した宗吉はお梅の仕業ではないかと思うが、口に出せなかった。「これで一つ、楽になったね」とお梅が寝床で囁いた。二人は残りの子どもも殺すことを決意する。。

 何とも厭な話です。世の中、金じゃないと言いますが金がないのは本当に厭だ。何が厭か、と言うと金がないと間違いなく、人間はすさむ。宗吉にしても金があったなら、菊代へのお手当ても欠かすことなかったし、こんな修羅場迎えなくてもよかったのだ。まあ、いつか破綻は来たと思うけど。菊代は決して悪い女じゃなくて、愛人という形でも宗吉とも添い遂げたかったんだろう。でもお金の切れ目が縁の切れ目になった。蒸発して住居を転々としていく彼女もその後は幸せな人生を送ったように思えない。小川眞由美はどこかハスッパなんですが、短い出番で女の執念をよく見せた。

 岩下志麻演じるお梅は完全な悪役で、子役の子どもたちは撮影が終わっても彼女には近づかなかったらしい。後世の女傑っぷりが考えられないほどの金切り声を張り上げる女を演じている。お梅と宗吉の間には子がなかった。それが宗吉を浮気に走らせた、と心のどこかで思ってしまうところから鬼畜に墜ちた。しかし、やはり悲しい。声高に彼女を責めることなどできようか。

 宗吉は厭になるぐらい、気が弱くてだらしのない人間だが、悪人ではなかった。しかし悪意を持っていない奴が一番酷いことをやってしまうのだ。菊代にもお梅にも強く出ることができず、自分の子どもの目を見て話すことができない。悪を開き直ることも、悪を悔いることもできない。結局、一番の鬼畜というのは彼だったのだ。が、私が一番に共感できるのはやはり、宗吉である。この状態に自分がおかれた時に宗吉にならないとも限らんのだ。

 どんどん正気を失っていく大人たちに対して、子どもが愛らしいのが救い。。ではないわな。俺が心から離れないのは娘が「私、お父さん、好きですよ」みたいなことを囁くシーンだ。この後、宗吉は東京タワーで娘を見捨てる。父親を探す娘と目が合った瞬間にエレベーターのドアが閉まる。正直、背筋が寒くなった。調子外れのヤケクソみたいに明るいオルゴールも耳から離れん。

監督、製作: 野村芳太郎 原作:松本清張 脚本: 井手雅人 撮影:川又昂 音楽:芥川也寸志 美術:森田郷平
キャスト:緒形拳、岩下志麻、岩瀬浩規、吉沢美幸、石井旬、蟹江敬三、穂積隆信、大滝秀治、松井範雄、加藤嘉、田中邦衛、江角英明、桧よしえ、三谷昇、大竹しのぶ、浜村純、梅野泰靖、鈴木瑞穂、山谷初男、小川真由美
☆4月10日。先週は休みがなかったので、いそいそと朝早くから外に出る。うちの町内は共産党が強い為かやたらにイラクがどうとか、撤退がどうとか聞こえる。人質の問題と自衛隊の撤退は完全に別問題だろうに。問題のすり替えだな、テログループに屈するなどという判断は始めから存在しない。俺は基本的に自衛隊の派遣には反対だが、こういう姑息な手段を使うような政党には今後100年間は投票しない。

☆十三の第七藝術劇場にて「赤目四十八瀧心中未遂」。2時間40分という大変長い映画だったので、見るかどうか悩んでいたのだが逝ってきた。今が旬の寺島しのぶが主演である。昨年の湯布院映画祭で間近で見た時にはそんなに綺麗とは思わんかったがやはりスクリーンで見えると映えるねえ、この人は。俺は「ヴァイブレータ」をそんなには買わないし、この映画も大絶賛しないがこの人は確かに映画女優だと思うし、この人抜きでこの二本は考えられなかっただろう。尼崎をアンダーワールドとして童話的な映画になっており、あくまでも架空ですよという説明がついているんだろう。が、関西人にとっての尼崎という町は、こんな町だと言われてたら納得してしまうような雰囲気を持った町なのだ。多分、金髪で総髪の彫り師もアパートの一室で臓物を串に刺して生計をたてている若者もいるのだろう。ダウンタウンの松本は「尼崎には”アマー”という貨幣がある」と言っていたが、多分本当だろう。(んなわけない。)ということで文芸作品なんだが私は過分にもコメディとして楽しんでしまった。

☆十三の印度屋というカレー屋で腹を膨らませて、特急で京都にトンボ返り。六曜館で休息後、MOVIX京都で「クイール」「きょうのできごと」を連続で見る。「クイール」は私が犬を飼ったことないためか、ちっとも感激しないままおわった。犬を飼っている人はまた違う感想なんだろう。寺島しのぶがまた出ていたが彼女はいい役をもらっているなと思った。「ごめん」でデビューした櫻谷由貴花ちゃんがでていた。椎名桔平は意外に演技の幅が広い。崔監督の職人技がたっぷり楽しめる作品であった。「きょうのできごと」は繊細な映画作りが評価される行定勲が監督。この人はクソ真面目でやや抹香くさいところがあるんだが、演出に軽さが出てきてテンポで見せてくれる作品になっていた。群像劇にしては登場人物の描き方に濃紺がありすぎで、雑な脚本なんだが、カットを丁寧に割って心地よいテンポで見せてくれる。何より、登場人物の関西弁が自然でちっとも引っかからない。うまい。脇役では津田寛治がいい。派谷恵美はもっと映画に出て欲しい。かなり可愛いんだし。本日、見た三本ではこれが一番よかった。

☆4月11日。一夜明ければあっさりと開放。当たり前だが、政府はそれなりの金を山賊を通じてこの山賊に送っておる。中東のテロリストを純粋だと思いすぎ。梅田にてミスチルの「シフクノオト」をゲット。友人と造幣局の桜を見に行く。あまりの人の多さに辟易してもうどうでもよくなる。桜なんて覚えちゃいねえ。高槻でカラオケして帰る。明日は声が出ない。
 今日、紹介するのは「ほえる犬は噛まない」のボン・ジュノの最新作「殺人の追憶」。前作のブラックコメディとうって変わり、今作は実際に韓国で起こった連続殺人事件(華城連続殺人事件)を題材に取ったサスペンスです。前回でも少し触れましたが今作は韓国にて2003年度の興行収入のナンバー1を獲得する大ヒットになりました。主演は韓国を代表する俳優のソン・ガンホ。「JSA」「反則王」での好演が大変よかったです。今作でもメチャクチャな田舎刑事を気持ちよく演じています。

 1986年。軍事政権下の韓国。ある農村地帯の田舎町で若い女性の死体が発見された。手足を拘束され、頭部にガードルを被せられたまま、用水路に放置されていた。地元の刑事のパクは相棒のチョと共に捜査を開始するがまもなく、同様の手口による殺人事件が発生する。残っていた足跡をトラクターにつぶされるなどの不運もあり、何も手がかりがつかめなかった。パクは元看護婦のソリョンから被害にあった女性がベクという男にしつこくつきまとわれていたという情報を得る。ベクは顔に焼けどがあって、少し頭に障害があった。気の弱いベクを拷問して(傷がついたら問題なので靴に布を巻いての足蹴)嘘の証拠まででっちあげて、吐かせようとするがどうにもうまく行かない。殺人の手口はこと細かく話すのだが、それ以上のところになると話が混乱してわけがわからなくなってしまう。

 犯行現場を調査していたパクは怪しげな男にドロップキックをかまして、逮捕するがそれはソウルから派遣された刑事のソだった。ソは、手に障害のあるベクが人を紐で縛るのはムリだと異を唱えるがパクとチョはベクを現場検証に駆り出すが、大失敗に終わる。ベクは釈放されて、署長は解任されてしまう。

 新たに赴任した捜査課長は改めて現場検証を行い、少ない証拠と犯人の殺人パターンから犯人を割り出そうとする。「書類は嘘をつかない」と冷静に書類から犯人像を導き出そうとするソ刑事と「捜査の基本は足」と信じるバク、チョの間はうまく行かず、激しい口論が絶えることがなかった。二つの事件に共通するものは何か。また一人、女性が殺された。全ての事件の共通項はいずれも雨の日に赤い服を着た独身の女性が狙われていたことだった。課長は婦人警官のギオクに赤い服を着せておとり捜査を開始するが、その日に殺されたのは別の女性であった。証拠は何も無かった。女性には強姦されたあとがあったが、精液も陰毛も見つからなかった。バクは犯人は無毛症であると銭湯で捜査を始まるが徒労に終わる。(当たり前だ。)

 ギオクは事件当日にFM局で「憂鬱な手紙」という辛気臭い歌が流れていることを指摘する。ソはラジオ局にリクエスト葉書を探しに行くが、既に捨てられたあとだった。パクとチョは夜半に犯行現場で女性の下着で自涜にふける工員を逮捕する。が、これもただの変態で空振り。それでも強引に自白させようとするパクは反対するソと大喧嘩になる。その時、ちょうどラジオから「憂鬱な手紙」が流れ始めた。外は雨だった。犯行が起こるに違いないと課長は機動隊に出動を要請するが、機動隊は学生デモの鎮圧に出ていたのだった。果たして、またもや殺人事件が発生する。。。

 犯罪というものはその時代の一つの象徴で犯罪を語るということは、社会を語るということにつながる。監督のボン・ジュノはそのことをよくわかっているのだと思います。世間を騒がせた犯罪というのは、その時代の一つの縮図になります。この映画のモデルとなった殺人事件は80年代を最も騒がせた連続殺人事件でした。ソウルの片田舎で10人の女が同じような手口で次々に殺害された。韓国政府はのべ180万人の捜査官を事件に投入しましたが、犯人は結局見つかることが無かったのです。事件は長期化し、誤認逮捕も続出しました。社会はパニックになり、模倣犯も現れた。警察の強引な捜査方法に対するデモが起こった。そしてそれから15年。次々と事件が時効を迎える中でこの映画は公開されたのです。

 日本で言うと少し趣きは違いますが、グリコ森永事件のようなものだとわかりやすいでしょう。映画は犯人に重点をおかず、犯罪を捜査する刑事達を主人公に当時の社会を切り取っています。「自白しないと四肢が腐って死ぬ」と書かれた、何とも不気味な案山子やストッキングにさるぐつわを噛ませて殺すという手法なども全て実話です。

 犯罪を題材に取っているのに序盤は軽すぎるほどのかろやかなテンポで進みます。強引な捜査を続ける刑事たちもひでえ奴らなんですが、割と好感が持てます。新聞記事用に記念写真を撮るシーンが面白い。ここに次々と犯人に関する情報が挟み込まれていく。徐々にサスペンス調になってきて、それでいてテンポよくストーリーが進んでぐいぐいと引き込んでいく。クライマックスは犯人と思われる工員を追い詰めるシーン。このトンネルでのシーンが何とも美しく、思わずため息がもれてしまう。うっとりするほど、映画を撮るのに長けている。シーンの積み重ねでできている映画が多い昨今、脚本の流れで見せてくれる映画は少なくて、2時間10分という時間も全く、苦にはなりませんでした。最近、歯ごたえのある映画を見てねえなあと思う映画ファンにオススメです。
 今日の深作まつりは1964年の「ジャコ萬と鉄」。1949年に撮られた谷口千吉監督作品の「ジャコ万と鉄」のリメイクです。黒澤明と谷口千吉が脚本を書いています。名作と言われた作品を元の脚本で新人に毛が生えたような監督が撮るというのは相当しんどかったと思います。が、それでもそこそこ面白い作品にしてしまうのは、さすがと言うべきか。会社にしてみると「誇り高き挑戦」のような観念的な作品を撮るような奴に好きなように撮られてはかなわんということでこういう映画を撮らせたようです。会社の思惑もあたったのか、「初めて、二塁打ぐらいのヒットになった」と本人が語るようにそこそこお客さんも入ったようです。

 最も、出来栄えについては谷口千吉の「ジャコ万と鉄」は見ていないのですが比較はできません。鉄:三船敏郎、ジャコ万:月形龍之介だったのを、高倉健、丹波哲郎で撮った。高倉健は「人生劇場 飛車角」の熱演などで人気は出てきていましたが、スターに駆け上がるのは翌年に撮られた石井輝男の「網走番外地」。そういや、舞台も同じ北海道だし、高倉健、丹波哲郎というキャストも同じ。荒野をソリで疾走するシーンもあるしね。どことなく、似てるね。

 終戦直後のカムイ岬。ニシン漁をしている九兵衛(山形勲)は今日も岬から海を見つめていた。ニシン漁は博打のようなもので、ニシンの大群が来るのを待たねばならない。大勢の出稼ぎ漁師を雇って、その時をひたすらに待っていた。安い給料なので、集まってくるのは流れ者ばかり。どう見ても漁師と思えないほどの大阪弁の優男(江原真二郎)もその一人だった。ある日、隻眼のジャコ萬(丹波哲郎)という男が現れる。ジャコ萬は樺太で九兵衛に船を盗まれ、その恨みを晴らそうとしていたのだ。同じ頃、南方で戦死したと思われていた息子の鉄(高倉健)が帰ってくる。ジャコ萬と鉄は早速、喧嘩を始めてしまう。ジャコ萬は他の漁師が働いていても知らん顔で朝から酒を飲んでいる。鉄はそんなジャコ萬が気に入らないが、父親がしたことを知り、距離をおいていた。

 一方、九兵衛のあこぎなやり方に漁師の不満が募り、遂にストライキが起こる。その先頭にたったのがジャコ萬だった。「俺は九兵衛の泣く姿をみたい」と誓った彼にとっては復讐のいい機会だった。鉄は九兵衛に賃金を上げることを約束させて、働かせようとするが。。

 ニシン来たかカモメに問えば。。のソーラン節にあるように北海道では大変、ニシン漁が盛んだったそうです。現在は、晦日に食べる”にしんそば”ぐらいしかなじみがありませんが、大正時代から戦後すぐにかけてまでとてもよく取れた。深作監督は実際に北海道でニシン漁をロケしたそうですが、既に全盛期が終わってて撮影には苦労したそうです。

 物語のクライマックスはジャコ萬と鉄の対決です。漁師たちがストライキを起こして、ニシンは取らないと団結する。九兵衛は「まず、ニシンを取らないとおまえたちに給料も払えない」と怒り、漁師たちの中にもそうだなと思い出すものもいますがジャコ萬がそれを暴力で押さえ込んでしまう。鉄は九兵衛に給料をあげることを約束させて「あのニシンは親父の魚じゃない。俺たちの魚だ」と説得して漁に出ます。諦めきれないジャコ萬は鉄と決闘する。この決闘シーンも実にかっこいい。

 谷口監督が撮った1949年ごろは東宝争議という有名な組合運動があって、まともに映画が撮れるような状態じゃなかった。黒澤もこの時期には東宝を離れて、「白痴」を松竹で撮っています。表現者から見れば、組合運動に対する思いというのは「まずニシンを取らないと仕方ないじゃないか」という考えに近かったようです。深作監督は東映で起こった組合運動にも距離をおいていましたし、組合運動にどのような意見を持っていたのかはわかりません。ただ、この映画については「ニシンをとったら負け」と思っていたらしいです。前作を見てないので、比較ができないのが残念。

 ただ今作はそうした理屈ぬきでも十分楽しめるアクション作品です。何よりも高倉健がいい。一般的イメージの高倉健は寡黙な男ですが今作の健さんは南洋の踊りを踊りながら、舌を出しておどけるなど三枚目的なところも見せています。高倉健とはこの次の「狼と豚と人間」と「カミカゼ野郎」の特別出演の三本だけです。丹波哲郎のジャコ萬もいい。丹波哲郎のジャコ萬もいい。片目で毛皮のちゃんちゃんこを羽織ってるところはどう見ても、悪役にしか見えない。こういう得体にしれない悪役をやらせると実にうまい。鉄が惚れる少女を演じた入江若葉も可愛い。高倉健と丹波哲郎の魅力を最大限に生かしきった佳作と言える作品だと思います。まあこういう作品を撮れるということ。

監督:深作欣二 脚本:黒澤明、谷口千吉 音楽:佐藤勝 撮影:坪井誠 助監督:野田幸男
出演:高倉健、江原真二郎、入江若葉、山形勲、南田洋子、大坂志郎、高千穂ひづる、渡辺粂子、丹波哲郎
←いつかこの感想を書く。書いてこます。
クソ忙しゅうてなかなか映画の感想も書けませぬ。
何で6時前に帰ってるのにこんなに仕事がだるいのか。
たいしたことはしとらんのですが、係長が異動した途端に
暗闇に放り出されたような感じで毎日、ダラダラと暮らしています。
明日、休みなら回復できるんだけどな。。

休みじゃねえんだよ、来週の土曜日まで。
たまにしかねえ休日出勤だがタイミング悪すぎだ。

背中に亀の甲羅背負ってるみてえだ。亀仙人の修行かよ。
この甲羅を脱いだら、高くジャンプできるんでしょうか。
その先に何があるかわからんですが。

「殺人の追憶」「迷走地図」「影の車」どれかの感想を来週書きます。
書いてこます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040330-00000214-yom-soci

☆まあ結局のところ、これはなんだ。明日から就職だと思うとブルーでもう嫌になっちゃったんで樹海に逝って来まーすってやつでしょ、結局は。それがなまじ、市長の娘だったもんで大騒ぎになって過激派による誘拐か、とまで考えた人もいるでしょ。(俺だ。ああ、やはり田舎の市長なんかは大変なんだなと思った)それが報道されて怖気づいちまった。

☆この不景気の世の中に女で就職決まってるのに、何故鬱になっとんじゃーとお怒りの人も多数ございましょう。が、私は素直に怒れない。というのもですね、今から数年前に私も大学卒業してザリガニ商会(仮名)という築地の会社にお世話になったんですが、もう私も入社する寸前が嫌で嫌で仕方なかった。その会社は長い研修が東京であったんですが、まず東京が嫌だし、どんなことをするのか、不安でもうしょうがない。直前に和歌山の白浜に旅行したんですが、三段壁という自殺の名所に来たとき、いっそのこと飛び降りたろか、とマジに思いましたよ。白浜から枯木灘を尻目に殺して串本の潮岬。春の風が大層心地よかった。灯台から見下ろせばそこには菜の花が。菜の花畑に突っ伏している自分の姿を思い描くとこりゃポエムだなと思ったが、そこはグッと耐えた。後日、辞めたあとに友人には「あの時期、本当に暗くて大丈夫か思った」と言われました。自分で思うよりも他人の目から見たものが実像であります。モラトリアムですな。多分、失敗するだろうと思って始めた就職活動でしたがたった二ヶ月に就職決まっちまった。こりゃいいわいと思うたのはただ単純に、「もうスーツ着なくても済む」と思った逃げからでありました。この市長の娘さんもおそらく、まだ働きたくなかったのではありますまいか。世間の期待と自分の感情に板ばさみになっちまった。どうにもやりきれなくて、逃げちまった。世間様の評価は厳しかろうがそこはまだ若いんだし、別にどうにかなっちまったわけでもないしねえ。。なんか可哀想やね。
 今日は「ほえる犬は噛まない」。当サイトが初めて取り上げる韓国映画でございます。韓国映画ねえ、「シュリ」が大ヒットしてからよく上映されるようになりましたね。「スカートの風」によると韓国は映画を見る習慣がなかったそうで映画を積極的に見るようになったのは最近だそうです。昔、レンタルビデオでの韓国映画って言えばポルノだったですもん。今ではミニシアターに限らず、大手でもかかるようになって今や映画業界には欠かせません。「シュリ」「JSA」とかの国策映画に始まって、「クワイエット・ファミリー」とか「反則王」みたいな個性的な映画が出てきて、ホラー映画とかメロドラマとかに分野が広がってなんかもう凄いんですけど、私個人で言うと実はあんまり見ていない。というのもホラーもメロドラマも苦手なんです。

 「ほえる犬は噛まない」は2000年の東京国際映画祭で大絶賛されたものの、本国では大コケしたそうです。監督はこれがデビューになるボン・ジュノ。が、次に撮った作品が昨年に韓国で大ヒットした「殺人の追憶」でこの人の名前は一般に知られるようになります。日本でも一部で絶賛されて知る人ぞ知るという作品で正直、関西で公開は無理かと思っておったのですがシネフェスタ動物園前(あのフェスティバルゲートの映画館ですぞ)で「殺人の追憶」と共にロードショー。この週末に二本とも見てきました。まずは「ほえる犬は噛まない」の感想。韓国でも原題は何と「フランダースの犬」。日本では「ほえる犬はかまない」。うまくつけたもんだ。

 団地に住むユンジュはむかついていた。彼はある大学の万年非常勤講師でなかなか教授になれず、年上の妻の稼ぎで食っていた。教授になるのには学長に賄賂を贈らねばならない。そんな金あるわけないし、そんなことはしたくない。妻にはもうすぐ子どもが生まれる。妻との間には何か寒い風が吹いていた。団地では犬を飼ってはならないはずなのに、犬の鳴き声がうるさい。腹をたてた彼は家の前にいた犬をさらって地下室に閉じ込めてしまう。

 マンションの管理事務所に働くヒョンナムは毎日をつまらなく過ごしていた。先日、テレビで見た銀行強盗を撃退した女性行員。防犯ビデオに写っていたその雄姿は彼女を奮い立たせた。彼女のようになって、私も市民栄誉賞を取ってテレビに出たい。彼女はそんなことを考えていた。ある少女が管理事務所に愛犬を探してくれとチラシを持ってきた。正義感に火がついた彼女は仕事をサボってチラシを団地中に張りまくる。その犬はユンジュが閉じ込めてしまった犬であった。その犬は鳴かない。家に帰っても相変わらず、聞こえる犬の鳴き声に彼は”犬違い”に気づいて地下室に向かうがそこには犬鍋の用意に奔走する警備員のピュンがいた。

 マンションの屋上で友人とブラブラするヒョンナムは男が犬を屋上から投げ捨てるシーンを目撃してしまう。彼女は犯人を追いかけるが後一歩のところで取り逃がしてしまう。犬を盗まれたツバ吐き婆さんは愛犬の変わり果てた姿を見て、卒倒してしまう。

 妻に胡桃を割らされる、カイショなしのユンジュはさらに妻の愛犬を散歩させられていた。ところが何と犬を見失ってしまう。管理事務所に駆け込み、ヒョンナムと共に犬を探すが、見つからない。妻と大喧嘩したユンジュは妻の口からある秘密を聞かされる。一方、死んでしまったツバ吐き婆さんはヒョンナムにあるメモを残していた。。

 爆発的な笑いはありませんが笑いどころがたくさん用意されて、クスクス楽しく見れるコメディです。韓国では今でも犬肉の文化があって、路地裏にはいまだに犬猫のスープを売るような店があるそうです。その反面、町には動物病院があって愛犬家が金を犬にかけている。日本では犬を食う習慣がないから、顔をしかめる人もいるでしょうね。

 一番好きだったシーンはヒョンナムが切干大根が入った鍋をかかえて、犬の救出に向かうシーン。黄色いパーカーのフードをかぶって彼女が駆け出すと背後に黄色いレインコートを着た、大勢の人が紙吹雪を撒き散らす。もちろん、妄想なんだが彼女にとっては大冒険なのだ。パーカーのフードをきっちりかぶるところが愛らしい。ヒョンナムをやったのはベ・ドゥナという女の子。そんなに可愛く見えないのだが、笑うと田畑智子ちゃんみたいで可愛い。韓国では売れている女優さんらしい。

 犬を食う警備員、ツバ吐き婆さん、ヒョンナムの友人、酒を強要して何かを壁に投げつける学長、そしてボイラー金さん、と脇役も一筋縄では行かない曲者だらけでうまく使っている。映画のテンポがすごくいい。ボン・ジュノは元々漫画家になりたかったらしいが、脚本の流れできっちりと笑わせてくれるところは漫画的だと思う。ケーキに賄賂を仕込む際に箱に入らなくなったイチゴを食べるシーンなんかの演出はなかなか非凡。ってなわけでなかなかオススメな映画です。もうすぐDVDも出ます。
http://www.cinema-r170.com/time/toku.htm

☆いよいよ今日から高槻松竹セントラルにて松本清張13回忌特別上映がスタート。

「砂の器」「張込み」「鬼畜」「迷走地図」などの上質なサスペンスが二本立てで楽しめるぞ。ラインナップを見てもすげえと思うが、監督、脚本、出演俳優を見るだけでもため息がでちまう。何ともすげえ企画なんである。本のために近視になった、と言ってもいいほどの本の虫であった私だが何故か松本清張の本だけは全くノータッチ。「小説東京帝国大学」なる本を一冊読んだだけであった。映画も「砂の器」以外は見ていなかった。原作を知ってから映画を楽しむというのもあるが、私はまっさらの状態で映画を楽しむ方がいいと思う。実に至福の時である。圧巻は「砂の器」「白い巨塔」の二本立て(「白い巨塔」の原作は山崎豊子だがまあ固いこと言うな)でしょう。あわせて5時間近くあるという神も恐れぬ二本立て。



☆で、今日は「霧の旗」「迷走地図」の二本立てを見てきたのだ。まあ多少の予想はしていたが8割ほどの入りで年寄りで賑わっていた。休み時間の館内ではスタッフが「用紙に住所を書いていただいた方には次回の案内を差し上げます」と呼ばわっていた。お年よりは鉛筆で一生懸命に記入している。なんかシルバーセンターでよく見る光景だ。高槻はこの映画館と同じ会社の持つシネコンがあるのだが、ここに駅前にもシネコンができた。街中に残されたパチ屋の二階でカラオケと併設されている、このちっぽけな映画館はどうなるのか、と思っていたが残っていきそうである。婆さんはともかく、男ってのは年をとるとてんでだらしなく、一人で遊ぶってのがようでけへん。パチや競輪で一日過ごすのはまだいいほうでそんなのが嫌いななのは、新聞の投書とか役所への文句とか公園の掃除ばかりしておる。昔の日本映画を見てるほうがなんぼうにマシで面白いわけで、これはもう立派な福祉なんであります。生きがいですよ、こりゃ。一人でひっそりと映画を見ていく爺さんも多数おりました。私は高校時代、落語なんかも好きでしたし、よく爺さんをそういうところで見ました。爺さんの遊び場ってそんなところしかないわけよ。そんな遊び場を奪っちゃいかん。祇園会館とか弥生座も爺さん人口が高い。やっぱりつぶしたらアカン。



☆高槻というのは私と縁が深く、母親もこちらの出であったし、親父とも縁が深い。随分汚かった駅前も綺麗になってスーパーと映画館がでっかくできた。喫茶店も多く、(私は週に3回は珈琲を飲む)以前からよく出向くところであった。うちは田舎でもうどうしようもないんだが、電車で数分の高槻だと、大きな町になる。いずれはここで住む。でもそれにゃあ、貯金せんならんと。。


 今日の深作まつりは「必殺4 恨みはらします」。藤田まことの代表作「必殺仕置人」の映画化です。あまり知られていないことですが、深作監督は「必殺仕置人」の前作で「必殺」シリーズの始まりとなった「必殺仕掛人」の演出をしています。第一話と第二話、第二十四話を撮っていますが、第一話には撮影に一ヶ月も費やしたそうです。なお、「必殺仕置人」の制作にも参加し、主演を藤田まことに決めて主人公のキャラクター設定も行っています。(第一話を監督する予定だったそうですが「仁義なき戦い」でブレイクしていたあとで映画作るのに忙しすぎて監督はしなかったようです。)必殺シリーズと言うと貞永監督のイメージが強いですけどね。



 深作が演出したドラマシリーズとして最も有名なのは「傷だらけの天使」でしょうが、他にも「アイフル大作戦」「キイハンター」「バーディ大作戦」「Gメン75’」などのヒットシリーズがたくさんあります。キャラクター設定やどんな役者を使うかということを考えて、一作か二作を監督してドラマの流れを作る、あとは後任に任せてしまうというやり方で全てを監修していたわけではないみたいです。私のようにリアルタイムで深作を見てない、遅れた深作ファンには映画をおっかけるだけで精一杯なんですが、深作監督の仕事の幅は実に広い。ドラマ以外にも舞台の演出とかラジオドラマの演出もやってましたし、晩年にはゲームの演出もやってました。「キイハンター」なんてやはりその世代にとっては特別な思いがありますし、またその人たちから見る深作監督も私とは違ったもんなんでしょう。興味が尽きない人でございます。トコトン行くで、ホンマ。



 80年代、角川映画の出現や洋画が邦画を圧倒するなど映画業界は大きく変わりました。それはドラマと映画の関係をも、変えつつありました。大映が倒産し、日活が映画を作らなくなるなど70年代に映画業界は縮小しつつありました。そのスタッフ達がどこに流れた、というとドラマに流れた。大映のエースであった増村保造も晩年は大映ドラマを演出しています。東映、松竹、東宝でも多くのスタッフがドラマに流れた。それまでドラマと言うと撮影所の片隅でこっそり撮っているという感じだったのですが徐々に質的にも本編(映画)と肩を並べるようになってきて、会社の屋台骨を背負うようになっていく。そうなるとヒットしたドラマが映画化されるということも起こってきます。今では当たり前のことなんですが。当時、ドラマの現場にいた三池崇史の「監督中毒」なんかを読むと当時の撮影所の様子が知れて面白い。



 「必殺」シリーズも高視聴率番組だったからドラマから映画になった例でこの「必殺4」もテレビシリーズで並行して撮られていた。つまり藤田まこと以下の仕事人はテレビと掛け持ち(「テッパリ」と言うらしい)だったので映画の撮影につきっきりと言うわけにはいかない。でも深作監督はテストばっかりで終わる日があるぐらいで撮影に時間がかかる監督です。「映画監督・深作欣二」によると仕事人(藤田まこと含む)の登場シーンはほとんど吹替えだったそうです。だから出てくるシーンが夜ばっかり。そこを必殺シリーズの常連である撮影の石原興、照明の中島利男コンビがうまく撮る。彼らは「忠臣蔵外伝四谷怪談」「阿部一族」でも撮影、照明を担当しています。



 映画でも藤田まことはある程度出てきますが他の仕事人はほとんど出てこない。藤田まことのライバルである、千葉真一が主役みたいなもんです。独楽をあやつりながら、子連れで敵をしとめる仕事人なんですが、これがなかなかかっこいい。藤田まことはターゲットである、旗本愚連隊を狙いますが、千葉真一に先を越されてしまう。そこに町奉行である真田広之がからんでくる、というストーリーになっていきます。真田広之は何故か前髪を残しており、うっすら化粧をしています。「柳生一族の陰謀」の白塗り公家はもう強烈でしたが、この映画の旗本愚連隊ももう髪をたてたり、ド派手な羽織をつけたりもう好きなようにしています。悪役に如何にも悪そうな扮装をさせたりするのは歌舞伎みたいで面白いです。ただやりすぎるとあほらしいですがこれくらいは許容範囲でしょう。



 圧巻はおけら長屋の連中と旗本愚連隊の決闘から続く一連のシーンラストの千葉真一と蟹江敬三の決闘は圧巻です。舞台となるのはスラムと思われるおけら長屋でセットが作られたのが下鴨神社の境内です。このロケーションもまたいいのだ。隣に森があって、荒地にごちゃごちゃした長屋が広がっている。このシーンがあまりにもよすぎて、最後の仕事人の活躍があんまり目立たない。「必殺」ファンにとっては、待ってました!なんでしょうけど、なんか付け足しみたいになってる。真田広之のやられ方もねえ、本人自体が「そんなの、ありかよ」って言ってますけど(笑)。



 長屋の住人に常連の室田日出男今作が深作映画出演の最後になりました。この頃から髭を生やし始めて風格のある役柄が多くなりました。オープニングの刃傷騒動を起こす侍に石橋蓮司。長屋の影がある浪人に本田博太郎などが見えます。千葉ちゃんの娘を演じた相楽ハル子はもう明らかに時代劇の芝居じゃないんですが、そこが新鮮で可愛い。千葉ちゃんに噛み付いて、ニッと笑うシーンは思わず、ゾクッと来ます。スタッフには深作組の若頭・原田徹氏の名前が見えます。少し長いのでややだれ場もありますが、楽しんでみてください。



監督:深作欣二 脚本:深作欣二、中原朗、野上龍雄 撮影:石原興 照明:中島利男 音楽:平尾昌晃 美術:太田誠一 助監督:原田徹

出演:千葉真一、岸田今日子、相楽ハル子、石橋蓮司、真田広之、笹野高史、室田日出男、成田三樹夫、本田博太郎、古舘ゆき、藤木孝、蟹江敬三、村上弘明、菅井きん、三田村邦彦、かとうかずこ、ひかる一平、白木万理、倍賞美津子、堤大二郎、藤田まこと


*この項は怒りに任せて書いた。井筒の発言は今でもどうかと思うがこの人は基本的に人の死というものにえらく鈍感な人らしい。盟友だった古尾谷が自殺した時に「死んだ人に対してかける言葉ってない」と某連載で書いていた。くやみとか言えない人なんだろう。実際の井筒は監督というより文学者というイメージがぴったりの大人しい人ですごく不器用な人と聞く。となれば、この発言もそうした彼の不器用さから出た言葉かもしれない。人格がどんなでもいい映画を撮ってくれるなら別にかまわんのでこれからもこのサイトでは井筒を扱います。

〜井筒インタビューより〜

―最近の邦画は。

井筒「ひどい。『踊る大捜査線THE MOVIE2』見たけど、何じゃありゃ〜! 

映画の神様がいたら『ええ加減にしなさい』って怒ってますよ。ハナから間違ってる」

―ハナから?

井筒「いかりや長介がいつ渋い演技したんですか。

枯れ果てて70歳くらいになれば誰だってあんな演技しますよ。

生き永らえたのと演技は違うでしょって。分かってないんだよなー、マスコミも」


〜そして昨日の井筒〜

昨日のテレ朝系『スーパーモーニング』での出来事です。

司会の渡邊さんが、長さんの死を追悼する意味で、井筒にコメントを

求めたが、彼はこのように言い放ちました。

「ドリフとか、役者のいかりやさんとか(わーわー大騒ぎして)いいますけど、

わたしは、てなもんや三度笠で育ったもんですから、(コメントを求められても)

よくわからないですねー。役者としても、全くわからないんで、別に

悲しくもないですけどね。」

スタジオの空気が一瞬にして、凍り付きました。

司会者、鳥越さん、コメンテーターの石坂けいさんも、ぽかーんとして、

「この人は、人間として終わってる」

というような眼差しで、みていました。


 俺は今までなんだかんだ言っても井筒をそれなりに評価してたし、「のど自慢」も好きな映画だったし、今の井筒もお金儲けの為なんだなあと思っていたのでまあ静観していた。が、はっきり言うぞ。


おまえなんぞ、どこかにいっちまえ。


おまえの映画だけはもう絶対に見ないし、当サイトではおまえに関する話題は一切扱わん。


心の腐った男がこれから、素晴らしい映画を撮れるとは思えん。


映画界から去ってくれ。


つうか人間界から身を引け。



毒舌ってのは愛があるからできるんだ。てめえのはただの毒。


もうたくさんだ。



くたばれ。


本当にマジ切れしてます。


又野誠治さんが自殺ですか。「GUN CRAZY Episode 4: 用心棒の鎮魂歌」とかでいい演技、披露してたんだけど。。

戯言

2004年3月23日 時事ニュース
TSUTAYAの半額クーポンにてget。傑作じゃ。
☆9時ごろに目覚める。昨日は友人と電話でなんだかんだで3時半まで喋っており、夜が遅かった。私が一方的に相談したおしてしまった。



いかりや長介について短文を書く。なんかまだ実感がない。私はドリフが大好きな小学生で欠かさずに見ていた。ひょうきん族よりドリフの方が好きだった。私が見ていたときにもうコントは「雷様」か「バカ兄弟」ぐらいしかなかったがおだやかに番組を進行するチョーさんを見ながら私は育った。悲しすぎるではないか。



☆サンプロを少し見る。ノムヒョンってのは小泉級のバカだな。しかし台湾の陳と言い、ノムヒョンと言い、小泉も運がいい。韓国の政治評論家が「確かにバカな旦那だが、でも次の旦那がどんなのが来るのかわからないから、まあこれでいいか」と言う表現をしていたが日本も全くそうである。民主党が政権をとったらジャスコ岡田が官房長官か?福やんの方がマシやな。



☆京都駅のラーメン屋で食事をすませて、大津の滋賀会館シネマホールに「無声映画vs街頭紙芝居」を見に行く。結構、お客さんが入っており、ほぼ満員になっていた。紙芝居ってのはうちの親父が子どもの時にやってたあの紙芝居であった。これは少人数に向けてやるもんなんでこういうところでやるのはやや場違いかもしれないが、なかなか面白かった。またじっくり見てみたいと思った。地元の「志滋海社中」というサークルの方々がやっておられた。子どもも喜んでいたが、それ以上にお年寄りが異常に盛り上がっていた。よき空間である。

☆お次は活弁映画である。去年もみなみ会館で見た「生まれては見たけれど」が大変面白かったので今年も楽しみにしていたのだ。弁士は澤登翠さん。阪妻の「坂本龍馬」(断片)と葉村屋(アラカン)の「鞍馬天狗」(嵐寛寿郎プロ第一回作品)。坂本龍馬」は相当にフィルムが傷んでいるけど阪妻の剣戟が楽しめます。「鞍馬天狗」の方は山本礼三郎も出ててなかなか面白かった。が、やっぱり結構寝てしまった。これ、活弁があるからまだ見てられますがサイレントで見たら絶対に熟睡してましたな。戦前の映画ってのはほとんど見る機会がないのですが、悪役は悪役らしく、主役は主役らしく、実にわかりやすい。あんまり難しいストーリーはない。ああ、こいつは悪い奴だなと思ったら、やっぱり悪い奴である。ストーリーがデフォルメが過剰なほどされているのも含めて、これは歌舞伎の影響でしょうね。ラストは鞍馬天狗(覆面はしていない)と佐々木只三郎との決闘シーンに近藤勇(山本礼三郎)率いる新撰組に桂小五郎率いる勤皇党に杉作率いるガキ軍団が乱入してくるところで大きなはてなマークがにゅうと出てくる。これからどうなるのか、と思わせて映画は終わり。んで次の週に続編をやってた。今はできないねえ。。説得を迫るシーンで「弱腰だ!」と言う文字が画面に殴り書きされるなど昔の映画は発想がなかなか豊かだった。



☆帰りに京都駅の無印良品と旭屋書店に寄る。無印で印鑑を購い、旭屋書店で「映画秘宝 実録殺人映画ロードマップ」を買う。駅前の喫茶店でこっそりと読むがあまりのアクの強さに数ページで挫折大地義行に関する記事だけは命からがら読みきる。俺、ホラーは駄目だったんだ、忘れてた。「殺人の追憶」だけはとりあえず見に行く。

☆帰宅後、阪本順治の「どついたるねん」。素人だった赤井英和を実にうまくつかって、ドキドキさせる映画にしている。この人は本当に職人である。スカパーで「ラヴァーズ・キス」を見る。どうして、男と女がいっぱいいるのにこの人たちはレズやホモに走るのか。宮崎あおいが可愛い


 その昔、ドリフターズは子どもにとっては神であった。
ドリフターズが歯を磨けよ、と言ったので虫歯は減ったのである。(多分)

 私は「全員集合!」をリアルタイムで見ていない。私の世代にとってのドリフは「カミナリ様」であり、「カトちゃん、ケンちゃん ご機嫌テレビ」であった。それでもドリフの功績の凄さというのは十分にわかる。ビートルズの前座をつとめたコミックバンドから日本を代表するグループになったのだ。子どもにとってはビートルズよりドリフターズであった。

 いかりや長介は私にとっては2時間ドラマの俳優としての印象が強い。伴淳、ハナ肇、植木等、大村昆をひくまでもなく、年をとると一流のお笑い芸人は実にいい役者になる。ギラギラしていたのがいい具合に枯れてくるのである。いかりやさんもまさにそうであった。井筒とか言うコメンテーターが「年をとればだれでもあれぐらいになりますよ」とかほざいていたが、そのたたずまいはやはり、芸能界で戦い続けてきた男にしか出せないものである。内田裕也も書いていたが闘病している者にする発言かねと思う。いかりやさんのえらさは、内田裕也がそのように語るだけでも十分見えてくる。井筒ごときの三流にはいかりやさんを使いこなすことなんかできない。

 病気は回復しているとは聞いてはいたが、昨年に放送されたドリフにもオープニングしか登場しなかったので相当に病状が悪化しているかなと実はひそかに心配していた。やはりあまりよくなかったのであろう。映画の遺作は「恋人はスナイパー」になるのか。出来は知らんが君塚脚本の作品が遺作になるのなら本人にとっては満足だろうと思う。

今一度言う。
ドリフは子どもにとって神であった。
その神話は様々な形で後世に伝わるであろう。
ご苦労様でした。
合掌
 今日の深作まつりは「ファンキーハットの快男児 二千万円の腕」。「ファンキーハットの快男児」と並行して撮られた作品で61年の9月にニュー東映で公開されています。でも映画を見ると東映の三角マークなんですけど。キャストは「ファンキーハットの快男児」とほとんど同じでストーリーも同じような作品ですが、こちらはいくらか脚本がこなれています。三保敬太郎のジャズもなんとも心地よいです。

 ストーリーはプロ契約を目前とした大型甲子園球児の失踪を千葉ちゃんが捜査するもの。ここに突然姿をくらませた整形外科医(その助手は溺死体で発見されている)とタクシー運転手が起こしたと主張する交通事故、その被害者は忽然と消えてしまった。この二つのサイドストーリーがからんできてやがて一つの事件につながっていく。なんか「踊る大捜査線」みてえだな。どうでもいい話ですが「踊る」の映画版の脚本は「仁義なき戦い 代理戦争」を下敷きに書いたとか。ホンマかいな。

 前作と同じで千葉真一の魅力が精一杯に生かされた作品。千葉ちゃんの運動神経と爽やかな笑いがなんとも心地いい。中原ひとみ演じるスポーツ記者もおきゃん(死後)で楽しいです。

スタッフ 監督:深作欣二 脚本:池田雄一、田辺虎男 撮影:内田安夫 音楽:三保敬太郎
キャスト:千葉真一、中原ひとみ、十朱久雄、加藤嘉、沢彰謙、須藤健、潮健児、高田博、花沢徳衛、岡本四郎、神田隆
 今日、紹介するのは3月上旬までシネヌーヴォでやってた中平康レトロスペクティブPart2より「誘惑」。1957年に撮られた作品です。中平康って人は日活の監督でいろんな映画を残しているのですが、会社にはちっとも認められず、また興行的にもふるわなかったために今まで知る人ぞ知るという監督でした。「月曜日のユカ」とか「狂った果実」のように一部有名な作品もありますが、知名度はやはり低かった。が、その作品がだんだん見直されてきてます。昭和の日本映画と言えば、一般的なイメージはもうあきれるほど黒澤か小津で確かに凄い監督ですが、日本映画はそれだけじゃないのです。大映とか日活はやはりつぶれてしまったためか、知名度が低くなってしまう。増村保造、三隅研二、森一生、井上梅次などの復権はややされてきましたが、「悪名」の田中徳三の評価は低すぎるしね。中平康も映像センスとかカット割りなんて独特で今見ても十分、わくわくできるだけの魅力を持っている。映画は時代の生き物なのですが、やはり時代を超えて評価される作品というのはある。中平作品はまさにそうで、日本映画に興味がない人で俳優の名前を知らない人でも充分面白い作品だと思う。こういう映画を見せてくれる機会を作った映画館への感謝は当然のこととして、フィルムが残ってたことにも感謝したい。文化庁もつまらん作品に出資するぐらいならば、古いフィルムの保存に頑張ってくれよ。今の状況は映像に理解がある民間が自主的に保存してるような状況なので東京フィルムセンターなりでしっかり管理するシステム作りが重要であろう。行政にしかできない仕事というのはやはりあるのだ。


 銀座で洋品店を営む杉本省吉(千田是也)は数年前に妻を亡くして今では娘の秀子(左幸子)と二人暮し。秀子は「芸術はお金になる」と割り切るドライな女で前衛生花(省吉曰く「おばけ生花」) にこっている。省吉は銀座に画廊が少ないということで洋品店の二階を改造して画廊にしようとしていた。秀子は貧乏絵描きグループの杉山(葉山良二)、田所(安井昌二)を誘い、自分たちのグループの発表会にそこを使おうと考えていた。洋品店には、無愛想で化粧嫌いな事務員、竹山順子(渡辺美佐子)がいた。彼女は実は省吉に想いを寄せており、生命保険の勧誘員で省吉に近づこうとしている、キツネ眼鏡のコト子(轟夕起子)を毛嫌いしている。そんな彼女であったが、田所に「君、化粧をしたまえ。君はいい顔をしている」と指摘されてからお化粧をはじめる。順子は殻を破ったように愛想もよくなり、性格も明るくなっていく。そして田所に恋をしていた。


 二階の画廊で秀子グループの展覧会が開かれた。田所の絵を見た画家(東郷青児、岡本太郎)はその素晴らしさにうなる。一躍、時の人になった田所であったが本人は全くそのことを知らなかった。記者たちをうまく相手する杉山を見て秀子は彼に商才を感じ、思いを寄せる。彼は妹の章子(芦川いづみ)を伴って画廊に現れる。挨拶をした省吉は彼女の顔を見てはっとなる。彼の初恋の人に瓜二つであったからだ。省吉は若き日、芸術家をめざしており、彼女と恋に落ちた。彼女が資産家に嫁ぐと決まった時、彼は別れてしまった。キスの一つもせずに。その後悔がずっと彼を縛っていた。そして章子は彼女の娘であったのだ。


 登場人物が自分の心情をひっそりと小声でつぶやくという演出が面白い。省吉が珈琲屋で失恋の思い出に耽り、思わずつぶやいてしまうというシーンが楽しい。中平お得意の群像劇って奴で主人公を特定せずに老若男女が入り乱れてみんなが個性的でいい。これだけのストーリーを詰め込んで90分で仕上げるというのだから本当にため息が出ます。これが監督デビュー二年目の作品なのだ。すげえや。


 芦川いづみの可愛らしさというのはいつも息を飲んでしまうが渡辺美佐子も大変いい。つんとしてていけ好かない女がどんどん魅力的に化けていく。演技というのはたいしたもんですね。左幸子、中原早苗のコケティッシュ的なところもいい。葉山良二は男前なんだが、私には「実録施設銀座警察」のこまいヤクザっぷりが印象に残りすぎてなんか違う感じがしてしまう。初めての宝塚出身の映画女優となった轟夕起子はこの時、40歳。戦前はトップアイドルだったのですが戦後は個性的な脇役女優に転身しました。中平とはこの二年後、「才女気質」という大傑作を撮ります。一筋縄ではいかないおばはんを楽しそうに演じています。若き日の宍戸錠もちょっぴりだけ出てます。





監督:中平康、製作:高木雅行、原作:伊藤整、脚色:大橋参吉、撮影:山崎善弘、音楽:黛敏郎、美術:松山崇

出演:千田是也、左幸子、安井昌二、渡辺美佐子、小沢昭一、葉山良二、芦川いづみ、長岡輝子、武藤章生、中原早苗、高友子、轟夕起子、二谷英明、宍戸錠、天本英世、新井麗子、殿山泰司、浜村純、東郷青児、岡本太郎

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